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    ■  中東と北アフリカでのイスラム過激原理主義 

食糧・燃料価格の高騰と高い失業率が引き金となり始まりつつある中東での「強権体制ドミノ」は、「反米ドミノ」の側面も併せもつ。ドミノの2番目国エジプトでムバラク大統領が2月11日辞任した。次に崩壊する政権はどこか。候補の国の数カ国をマスコミが連日伝えている。
アメリカに籍をおく国際情勢におけるリスク・リサーチを業務とする「ユーラシア・グループ」のラン・ブレマー氏は2月4日の時点で、ヨルダン、イエメン、アルジェリア、バーレーンの4カ国を挙げている。

Fallout from Egypt: Who's raging next?
http://eurasia.foreignpolicy.com/posts/2011/02/04/the_fallout_from_egypt_whos_raging_next

「エジプトのムバラク政権崩壊翌日の12日、反政府デモはアルジェリアとイエメンに飛び火した。アルジェリアの首都アルジェでは、インターネットでの呼び掛けで数千人がデモに参加。(中略)バーレーンは、ムバラク氏辞任の観測が高まった11日、各世帯に約22万円を支給することを決定。」(2月13日 日経)

ドミノの候補国4カ国のうち、イエメンとアルジェリアはイスラム過激原理主義組織が活動している国家である。
日本のマスコミはあまり伝えていないが、イエメンのサレハ大統領はアルカイダのメンバーであり、その周囲にはアルカイダの友人や有力者が数多くいる(『米中軍事同盟が始まる』日高義樹著 2010年1月刊)。イエメンがアルカイダの本拠地と言われるこのためだ。このアルカイダ政権を民衆デモで倒そうというのだから悲惨な混乱が待っているはずだ。

アルジェリアには主要な2つのイスラム過激原理主義組織があり、アメリカが今後の石油の輸入量拡大を計画しているナイジェリアがそのテロ組織の活動範囲に入っている。
そのほか、イスラム原理主義を支援しているバシル政権のスーダンでも、「物価高騰で庶民の苦境が深まっており、チュニジアのような民衆蜂起があり得る」と伝えられている(1月17日 産経)。

「バシル政権は90年代、国際テロ組織アルカイダによる国内の拠点化を容認したとされ、米国はスーダンをテロ支援国家に指定し経済制裁も科してきた。」(2月7日 毎日)

シーア派イスラム原理主義政権のイランについては今後注視していかなければならないが、2月10日付のニューヨークタイムズによると、反体制デモを計画し申請していたムサビ元首相、Karroubi元国会議長ら改革派の有力者4人と関係者多数が拘束され、イラン国内での改革派への弾圧が再び強まっているそうだ。

Iran Presses Opposition to Refrain From Rally
http://www.nytimes.com/2011/02/11/world/middleeast/11iran.html?_r=2&scp=5&sq=iran%20egypt&st=cse

12日の日経によればホワイトハウスのギブズ報道官が、「エジプトでできたのだから、イランも集会やデモの権利を認めるべきだ」と述べ、イランの宗教指導者を「自信がなく、おびえている」などとからかったそうだが、仮にアハマディネジャド政権が倒れても、狂信的なシーア派イスラム過激原理主義の猛反撃が待っている。

以上、中東と北アフリカでの「強権体制ドミノ」とイスラム過激原理主義組織について述べてみたが、本論であるエジプトでのイスラム過激原理主義の展開について予測してみたい。


    ■  エジプトの非常事態法の解除とイスラム過激原理主義

1月14日、チュニジアのベンアリ大統領の亡命によって、23年間の強権体制が短期間で崩壊。強権体制への大規模デモは1月25日にエジプト各地へ波及し、2月11日、ムバラク大統領は辞任した。
この間、驚くべき速さである。混乱が続くエジプトでは6日、政権側と穏健派イスラム原理主義組織ムスリム同胞団を含む野党勢力との初めての対話が行われ、約30年間発令されたままとなっている非常事態法の解除などで合意した(2月7日 FNN)。

バイデン米副大統領は8日、エジプトのスレイマン副大統領と電話会談し、非常事態の解除など4つの措置について迅速な履行を求め、スレイマン副大統領と主要野党が合意した非常事態法の解除については即時の実行を促した。(日経 2月9日)

オバマ大統領もムバラク辞任後の声明で、憲法改正の措置とともに非常事態法の解除を求めている。オバマは、「エジプトの人々は自身の国を変えることで、世界も変えた」と相変わらず浮ついた文句を語り、エジプト国民の民主化運動をたたえたそうだ。しかし中東での民主化運動を、東欧やアジアにおける民主化運動と同一視して捉える考え方には危険性がある。

バイデン米副大統領が即時の実行を求めた「非常事態法の解除」は、人権重視のリベラル政党、米民主党からすれば当たり前のことかもしれないが、「非常事態法」は1981年のサダト大統領暗殺当日から施行され、エジプト国内でのイスラム過激原理主義によるテロに対抗する政府にとって最大の武器の役割を果たしていた。

2001年10月に中央公論社から出版された『イスラム過激原理主義』(藤原和彦著 ※1)によると、非常事態法第3条では、集会、移動、居住の制限、疑わしき者の逮捕と勾留、刑事訴訟法に制限されない捜査や捜索の許可、公共の治安に関する新聞、出版、メディアの検閲などが定められている。非常事態法が国会審議を経て成立したのは、ナセル時代の1958年であった。

ムバラク政権下では非常事態法のもと、強い権限を与えられた内務省の国家治安捜査局(SSI)が原理主義勢力を主管し、対決した。SSIの原理主義勢力の取締りについては、人権団体アムネスティー・インターナショナルから常習化した拷問、無期限の勾留などを非難されている。

エジプトのイスラム過激原理主義組織「イスラム集団」の「国外指導部」が1999年3月に武闘停止を宣言してからは、エジプト国内でのテロによる大きな事件はおきていないと思う。しかし、ムバラク政権下での非常事態法の弾圧により国際テロ路線に傾斜していた「イスラム集団」強硬派や、エジプトのもう一つの大きなイスラム過激原理主義組織「ジハード団」などが、非常事態法の解除によって帰還してエジプト国内でテロ活動を再開する恐れがある。

「イスラム集団」の国外指導部の強硬派と「ジハード団」は現在、オサマ・ビンラディンが1998年2月に結成した「国際イスラム戦線」と連携しているとされているが、国際テロ路線のイスラム過激原理主義の敵はアメリカとイスラエルである。国際テロ路線で活動しているエジプト過激原理派にとって、イスラエルとアメリカの中東政策の要とされる母国エジプトを反米国家へと変えるテロ活動は、本来の組織の理想と目的を達成する手段だ。

アメリカの民主党政権がエジプトの民主化を見守る中で、積極的に非常事態法の解除を求めることは、イスラム過激原理主義とそのテロリズムの防止装置を解除することつながる。

勿論、非常事態法に代わる代替法・代替策が用意されるであろうが、非常事態法は強力な治安管理力を持つものだ。結論を言えば、ヨルダンとともにイスラエルと平和条約を結んでいるアラブ国家エジプトが非常事態法の解除を実行すれば、テロ活動の再開によりエジプトの外交・軍事政策のベクトルは反米的・反イスラエル的な方向へ向かうことを余儀なくされると予測される。

米ブルッキングズ研究所ドーハセンターのシャディ・ハミド氏が、中東の民主化とイスラム原理主義の間に見られる「イスラムのジレンマ」として、エジプトの最大野党「ムスリム同胞団」を引き合いに出しているが、真に焦点を当てるべきは現在国際テロ路線に転じているエジプトのイスラム過激原理主義組織の帰還であろう。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2011/02/post-1948.php?page=1

前節であげたアルジェリアでも、強権的な政治体制下で国民の自由を制限する、約20年間発令され続けてきた非常事態宣言が「近く解除される」と、2月3日のブーテフリカ大統領の決定をアルジェリア国営通信が伝えている。(2月4日 日経)


注:※1
藤原和彦氏の『イスラム過激原理主義』(2001年10月刊)は、1997年11月にエジプト南部の古代遺跡ルクソールでおきた「ルクソール事件」の犯行組織「イスラム集団」を中心に、エジプトでのイスラム過激原理主義を扱っている。藤原氏は読売新聞社外報部でカイロ支局長などを勤めた。


(次回は英文メディアで飛び交っているイランとの比較で見たエジプト情勢の考察、イスラエル・メディアからのその影響分析などについてを予定していますが、北方領土問題での極東におけるロシアの動向の場合もあります。)


DOMOTO
http://blogs.yahoo.co.jp/bluesea735
http://www.d5.dion.ne.jp/~y9260/hunsou.index.html